言いたいことは言えない でも言いたくないことはなおさら言えない 言わなくても伝わればといつも思うのだけど

SUNABA文学館


「SUNABA文学館 書物に恋するアートたち。」無事に終了いたしました。 ありがとうございました。  次回もまたよろしくお願いいたします。

2012年8月20日月曜日

断腸

オーストラリア展示のときにお世話になっているマユミインターナショナルからアーティストカタログ(?)の出版に参加することになり、自分の作品に対してのコメントを書かなければならないのだけれど、前回の日記にも書いたとおり、どうしても新しいことが書けないので、過去のプロフィール的な部分を装飾して、なんとか書いてみた。
日本語での出版ならやらないのだけど、海外向けなので、ちょっとカッコつけた内容にしたら規定の200文字に収まらず300字を大幅に超えた文字数になってしまった(汗)

いろいろ削除してみてもまだ300字近い。。。

「シックスセンス」のM. ナイト・シャマラン 監督は、映画学校では「自分の一番好きなシーンをカットせよ」と習うと言うのだ。
この話を聞いた時「自分の一番好きなシーンをカットしたら、『良い部分』『見せたい部分』が切られることになるじゃないか」と思ったけど、今思うと、きっと「気に入っている部分」は盲目になっているから客観的に見れなくなっているだけで、本当は大して重要ではない部分ということなのかもしれないな。

たしかに「シックスセンス」のカットされたエンディングシーンを見てみると、洒落てるけれど、クドい感じがするしカットしても作品が悪くなるとは思えない。見る側が、知らなければ知らないままでも問題無いということなのだろうな。

2012年7月8日日曜日

話題非豊富

何かに出展する時、画集などの公募に送る時など、いろんな場面でプロフィールやコメントを書かなければならない時がある。
海外へチャレンジするような時は当然コメントも英語になるから原文は日本語で書いても、あらかじめ英訳する時に英語で表現出来る程度の内容にしようとして、日本文を書いているときから文章に制約をかけて書いてしまう。

しかし、今回、間に翻訳家が入るのでコメントは日本語でも良いと言われている。
でも、いざ書こうとすると文章が思いつかず、ずっと昔から書いているコメントをいろいろ書き換えた内容のものになってしまう。どうやら英訳による制限だけの問題だけではなさそうだ。。。

書いている内容は、絵の基本コンセプトのようなものなので、そんなに毎回違う事を書いたら、それはそれで変だとは思うんだけど。

書くだけではなく、喋るのも苦手で(友達はきっと「嘘でしょ」って言うとと思うけどw)、喋らなくても良い場面ではダラダラとずっと喋っていられるんだけど「喋らなければならない」と思うような場面では、話題が出てこなくなる。別にスピーチとかそういう大げさな場面ではなく、パーティとか人の集まりで数人のグループが集まったりしたり、そんなときに話題が出てこないのだ。話題を振られれば喋れるんだけど。

もうちょっと文才というか、話題を思いつく才能みたいなものが欲しい。


締め切り間近なのに苦戦中の制作途中の2点